作者について

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作者年表


1979年11月7日


東京世田谷で生まれる。

蠍座B型、左利き。

兄2人の3人兄妹、末っ子長女。


幼い頃の夢は漫画家や小説家など他多数。

 

1994年 マザーテレサとの出逢い


中学3年の時にたまたまテレビで見たマザーテレサの生き方に大きな感銘を受け、第2のマザーテレサになるべく、すぐさまインドへ行きたがるが両親に激しく止められ、高校はしぶしぶ普通科へ進学する。

 

1995年 理由なき反抗


高校へ入学してまもなく、突然髪を紅く染めて登場し、周囲を困惑させる。インドへ行けなかった反動か、それとも誰かの影響か、紅くした理由は正直なところ本人もよくわからない。


しかし、その後2017年3月まで約20年間も紅くしていたことから、いつしか赤がデフォルトとなり、同年4月にハンドメイド資材貧乏に陥り、美容院代を節約するために黒くした際の反応の方が何倍も大きかったという。

1997年9月5日


マザーテレサ死去。

 

1998年 念願のインド上陸


高校卒業後、海外で働くために外語専門学校に進学。マザーテレサの死からちょうど半年後、学校の春休みを利用し、ようやく念願のインドへと旅立つ。

 

彼女の墓前で将来の進路について自問自答を繰り返した結果、現実問題としてボランティアでは生きていけないので、その当時、ボランティアに最も近い職業と思われた介護の道へ進むことを決意する。

 

2000年 昼は癒し系 夜はいやらし系


専門学校卒業後、アルバイトをしながら介護士の資格を取得し、ホームヘルパーや看護助手として10年以上働く。

 

しかし、介護士の給料があまりに安過ぎたため、夜は介護施設の夜勤や水商売のアルバイトを掛け持ちしながらなんとか人並みの給料を手にする。10年間で経験したアルバイトはバーテン見習いに始まり、キャバクラ嬢、バニーガール、ラブホのベッドメイクなど数え切れず。当時の平均睡眠時間は約3時間。


イラストレーターの友人が当時の私をモデルに作ってくれたLINEスタンプ「お色気まりあちゃん」も好評?販売中。(注:販売名義はその友人です)

2012年 花のニートデビュー


肉体的にも精神的にも限界が見え始め、遂に身体を壊し2年ほどニートになる。その頃の趣味は、写真と胃潰瘍。

 

2014年 派遣の女時代


そんな折、常々派遣就業を好んで働いていた友人から、将来的な保障はないものの、比較的高待遇で時間の融通も利く派遣の道を勧められる。

 

元々趣味だったライティングのスキルを武器に、正社員ではとても入社できないような世界的大企業を転々としながら、サイト制作やSNSライターなどの仕事に就く。

 

その結果、介護士時代の半分以下の労働時間で介護士時代の倍以上の収入を得ることができる現実を知り、世の矛盾を嘆くと共に、やはりお金と時間(あと睡眠)は大事だと痛感し、以降、派遣の女と化していく。


現在は、生きている間にどれだけ多くの仕事に就けるかの記録に挑戦中。

2016年夏 ハンドメイドとの出逢い


とある雑貨屋で好みのファブリックパネルを見つけ購入しようとしたところ、「あれ?待てよ、もしかしてこれ自分でも作れるんじゃないか?」と思い立ち、その生地だけ購入して帰ったことをきっかけにハンドメイドへと目覚める。

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ちゃぶ台にその生地を打ち付けて初めて製作したのが、こちらのアイロン作業台=Juin-né aManTsの原点。

2016年8月 がま口との出逢い


某ハンドメイドサイトで肉球口金と運命的な出逢いを果たす。

 

元々大の猫好きでもあり、一目見た瞬間、どうしてもその口金で何かを作りたくなり、その足でネット検索をして販売店を突き止め、以降、がま口製作にどっぷりとのめり込んでいく。

 

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がま口に目覚めるきっかけとなった肉球口金。今でも一番好きな口金。

2016年11月7日


37歳の誕生日を機に「Juin-né aManTs」名義で「minne」にて販売を開始する。


当時はファブリックパネルと封筒型手帳カバーがメインで、がま口小物が目に留めてもらえるようになるのはこれから1年後、覗き見にゃんこポーチを発表したあとのこと。

2017年12月28日


がま口ショルダーバッグの販売を機に、よりお求めやすい価格でお客様に商品を提供したいと思い立ち、独自オンラインショップ「Atelier*jaMts」の運用を開始する。(2019年3月31日を以て無期限休止中)